受験してたときのワイ

かつて医学部を目指していた関西の私大に通う大学生。受験のことやバイトのこと。日々のこと。

就活中だけどパン屋さんになりたいって思った話とか心が乱れたときの話

 

 

最近あったかかったので秋なのに小春日和みたいになってましたね。地球の気候がおかしくなっているのか?それともよくあることなのかな?

 

 

先日、長野県白馬村に旅行しに行きました。

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わたしは最近就活を始めたので、すごく忙しくてきちきちスケジュールの中にこの旅行を組み込みました。

まずTOEICが迫っていたのに、ゼミの発表も迫っていました。さらにいくつかのインターンと、サークル活動での山登りもありました。

 

【目まぐるしい旅行前日】

もう正直、自分首相になったんかな?ってぐらい分刻みのスケジュールでせわしなく動き回り、心の余裕もなく、片手でパンを食べながら下宿先で発表の準備に勤しんでいました。

 

そのとき、弟からラインが来て「交通事故おきちゃった😜(テヘペロ絵文字)」「こわいよー」

と書いてありました。

わたしは「誰が交通事故を起こしたん!?」とびっくりして弟に電話しまくりました。

でも全然電話に出てくれなかったので、不親切なラインを送った弟に苛立ちながらもスマホから手を離せませんでした。

4度目の電話でようやく弟と繋がり、詳しく話を聞くと、お父さんが交通事故を起こしたとのことでした。でもけが人はいないとのことでひとまず安心しました。

ちなみにこの時弟は充電が7%しかないのにゲームをやっていたそうです。

ゲームどんだけ大事なんや。。

まあ、気持ちを落ち着かせるためにとりあえずゲームをしていたのかもしれませんね。現実逃避みたいな感じで。

 

この時点でわたしは「結構ただごとではなさそうだけど、まあなんとかなりそうだな」

と思って、引き続き発表の準備のため作業を再開しました。

 

そして1時間後ぐらいに母親から

「ごめん、私は用事があるから今日中に実家に帰ることはできない。家族がおると気持ちが落ち着くだろうし、実家に帰ってあげて」

と頼まれました。

おじいちゃんの一周忌があったので、私を除く父母弟の3人は母親の故郷に行きましたが、母は用事があるため、父と弟だけで車で帰った矢先に起こった事故でした。

 

何かを頼まれたら使命感により燃えてしまうわたしは、実家まで飛んで帰りました。

ちなみに下宿から実家までは1時間ぐらいなので帰るのは余裕でした。

 

この時点で明日発表のレジュメは半分もできてなくて、やべぇなと思いつつも、優先順位としては「家族」>「発表」だったので迷わず帰りました。

 

ちなみに優先順位

「家族」>「翌日の発表」>「長野旅行」>「就活」>「1週間後のTOEICの勉強」
でした。

就活は大事だったけど、彼氏と行ける旅行はかなり貴重なので、その間にあるインターンなどは別日にしました。

 

そして家に帰ってしばらく経つと、お父さんが疲弊した顔で帰ってきました。かわいそうだったけど、慰め方が全然わからなかったので気の利いた言葉もかけられず、普段通りに接していました。

弟は「お父さんのメンタルが心配や」といって肩揉みをしてあげていました。

普段はお父さんに馬鹿にされている弟だけど、お父さんのこと気にかけてあげて優しいなーと思ってその様子を見ていました。

 

そしてコンビニで買ったごはんを食べてその日は寝ました。

お父さんはお母さんと電話で話して、少し気持ちが和らいだようでした。よかったです。お母さんはお父さんを支えるプロなので、こういう時も頼りになります。

わたしはなにもできなかったけど....(笑)

 

 

そしてドタバタしながらも、発表のために大学にいって、その足で長野に直行しました。

下宿(前日夜)→実家→下宿(当日朝)→大学→長野(当日夜)

この2日間でかなり移動しました。県境を10回はまたいだかもしれないです。

(下宿と実家が他府県にあるため)

 

そんでもって無事長野につきました。

 

 

【旅行当日】

まずアルピコプラザホテルに泊まりました。

朝食がバッチグーに美味しかったので、また行きたいホテルです。

 

●アルピコプラザホテル

料金2500円/1人(朝食あり)

 

深夜1時までチェックインできるので、滑り込みセーフで泊まりました。ベッドはクイーンベッドだったので広々と使えました。

朝ごはんは先ほど書いたように、美味しかったのと、バイキング形式で色んな種類のものが食べられたのが嬉しかったです。(おやき、蕎麦、などなど)

 

そして翌日朝に白馬までバスで行って、最初にペンションに行きました。

 

●ペンションちゃうちゃう

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5000円/1人(朝夕あり)

すごい安くて、GOTO様様でした。

特筆すべきは、食事のクオリティと夜の星空です。

まず食事は自家農園の野菜を使っているらしく、美味しいです。特に朝ごはんの手作りパンがめちゃめちゃ美味しいです。これを食べたとき、将来こういう美味しいパンを作るパン屋さんを営みたいと思ったほどです。

オーナーは夜釣りでゲットしたアジを切って勧めてくれました。「めちゃめちゃおいしい。これ食べたら普通のアジ食べられなくなるよ。」と彼がいったとおり、臭みがなく美味しいアジでした。

オーナーは長野出身ではなかったそうですが、スキーが好きだったので、20代の頃に白馬に来て、苦労してこのペンションを建てたそうです。

また、このペンションでは無料でテニスができました。だーれもいないコートの中で、中学生のときぶりにテニスをしました。私は昔と変わらず下手くそだったけど、サーブだけはほとんど入ったので、彼氏に「すごい!」と言われて舞い上がりました。このレベルで褒めてくれるなんて、彼は何にも知らないんだな。私は中学生のときビリレベルで下手くそだったんだよ。というかボールが怖くて球だしすらままならなかったんだよ。

と思いましたが、そのことは黙っていました。

 

調子に乗って、テニス初体験の彼氏を馬鹿にしていたら彼の方がサーブが上手くなってきて、最後はほぼ互角でした。

 

テニスはオーナーの奥さんもするそうで、話を聞いてくうちにますます、「このような自然の場所で何かを営んで生きていくこと」に憧れが強くなりました。

冬はスキーをして、夏は白馬山に登って、暇なときはテニスで汗を流して、夜はたまに糸魚川で釣りをして、畑で自分で野菜を作って、お客さんが来たらせっせと世話をして、というふうに、彼らが「健康な人間の暮らし」を送っているように見えました。

会社の中の一員になってスーツを着て、ルールの中でみんなと同じように働くことが、自分には合わないだろうと思っているけど、

他にどうしたら良いのかわからなかったので、このような生き方があることを目の当たりにして、眼から鱗が落ちた気分でした。

 

そこでぼんやりと「自然の中で営むパン屋さん」という夢が膨らみました。

そこまで現実的ではないけど、いつか長野のような自然がある場所で、かわいいお店を建てて、そこで添加物を使わない美味しいパンを焼き上げてお客さんに来てもらいたいなーと思いました。

そこで、身体が弱くて働ける条件が少なすぎて、働き口がまだ見つかっていない高校の友達も一緒に働けたら幸せだと思いました。

 

 

まあパン屋になるかは全然わからないですが、夢を持つのは自由なので、いまは夢を持ってワクワクしていたいのです。

 

そして料理以外にもサプライズがありました。

流れ星を見ることができたのです。

しかも部屋の中から。

ベッドでゴロゴロしながら窓の外の星空を眺めていたら、流れ星が長い尾を引いて消えていきました。

一瞬のことだったけれど、彼氏と「あ。」と空を指さして、その間だけ時が止まったようでした。

正直願い事を考える暇もなかったですが、流れ星が消えてしまったあとに、ベッドで同じように寝転んでいる彼氏を見ながら「この人とずっと一緒におれたらいいなあ」とじんわり思いました。

 

 

 

 

【行きのバスの中で】

この長野旅行の間のバスで、高校の友達が亡くなってしまったことを知ったとき、静かに走る松本行きのバスの中で、周りの時が止まってしまったかのような不思議な感覚を味わいました。スマートフォンを片手に握ったまましばし固まり、横にいる彼氏が喋り続けているけれどなにも聞こえませんでした。

そしてそのラインの短い文章の中で、彼が自殺で亡くなったことを察しました。

どん底に落ちるような、すごくすごく悲しい気持ちになり、このように悲しい気持ちを味わうことが避けられない、カウンセラーという仕事は私には無理だろうなって感覚で思いました。

 

そしてそれ以上に亡くなってしまった友達のことが頭の中を駆け巡り、すごい細かいことまでたくさん思い出しました。亡くなる前のインスタの投稿、受験の日に会ったときのこと、中学生のときの幼い顔....
「なんで...」という気持ちが1番多かったです。

なんで亡くなっちゃったん。なんでなんで。死んじゃうことなかったのに....
彼は愛されていました。いっぱい友達がいました。いつもニコニコ笑っていました。

 

亡くなったのはだいぶ前らしく、そのこともショックでした。なんでなんにも気づかなかったんだろう。でも気づけるはずもなく...

学校の発表がおわって、一息付いたと思ったら悲しいお知らせを聞いてしまい、わたしの感情はジェットコースターのように目まぐるしく上下していました。

彼になにができるかなと、数日間考えていました。ずっともやもやしていました。一緒に写った写真もほとんどなかったので、写真はあげられない....
そして、昨日寝る前にふと「手紙を書こう」と思いました。

生きているうちに助けてあげられなかったのが悲しくて、このどうしようもない気持ちは手紙を書くことで昇華されるとも思いました。

 

死んじゃった人に対してまず「なんで?」って思うけれど、お母さんがこう言ってました。

 

「死んじゃった人には『なんで?』って思うかもしれないけど、褒めてあげることが大事だよ。今までようがんばったね。えらいねって。」

 

これを聞いたとき、この考えすごくいいな、と思いました。

 

わたしも最初は「なんで」「なんで死んじゃったん」ってずっとぐるぐる考えていましたが、ちょっと時間が経って、今は「ようがんばったな、ほんまにようがんばった」と彼に言ってあげたいです。

お葬式もなんにも出れていませんが、お手紙だけでも届けられたらいいなと思います。

 

 

 

 

 

今日は書くことがいっぱいで、読んでくれている方もすごく疲れてしまったかもしれませんが、最後まで読んでくださりありがとうございました。